
はじめに
遺品整理が多くの人の身近なテーマに
高齢化と核家族化が進み、実家から遠く離れて暮らすご家族も増えました。結果として、「誰が・いつ・どのように」遺品を整理するかを外部に依頼するケースが急増しています。片付けだけでなく、買取・リユース・不用品の搬出や処分、空き家の管理など、遺品整理の内容は年々広がっています。
現状は?遺品整理のニーズの拡大に法理解が追いつかない
ところが、需要の拡大に対して、関係する法律への理解が追いついていないのが実情です。
- 価値のある品の売却・買取には「古物営業法」
- 不用品の収集・運搬・処分には「廃棄物処理法」
- 遺品そのものは相続財産であり、相続法(民法)の手続き
と、複数の法律が同時に関わります。依頼者・業者のどちらか一方でも誤解があると、後々のトラブルにつながりやすくなります。
誤解が生まれやすいポイント
「遺品整理自体は違法なのでは?」という声を耳にしますが、遺品整理という行為そのものは違法ではありません。誤解が生じやすいのは、次のような“具体的な場面”です。
- 業者が無許可のまま不用品を運搬してしまう(一般廃棄物収集運搬の許可が必要)
- 「一括買取だから全部有価物として運べる」と考える(売れない物はその場で廃棄物として区分が必要)
- 相続人の合意や遺言の確認をしないまま処分・売却を進めてしまう(相続トラブルの火種)
今回、遺品整理の現場で実際に問題になりやすい論点を、
- 古物営業法(売却・買取)
- 廃棄物処理法(収集・運搬・処分)
- 相続法(権利関係・手続き)
の3つに絞ってわかりやすく整理します。依頼者が安心して依頼でき、業者が適法・適正に業務を行うための最低限おさえるべき基礎を、具体例を交えながら解説していきます。
遺品整理と法律の関係
遺品は「相続財産」である
故人が残した物品は、衣類や家具などの日用品から、不動産・貴金属・骨董品といった価値のある財産まで、すべて「相続財産」に含まれます。つまり、単なる「不要品」や「ゴミ」として扱うのではなく、まずは相続財産として位置付けることが重要です。特に換金性のある品物は、法的に財産価値が認められるため、取り扱いを誤ると後のトラブルに直結します。
整理や処分には相続人全員の合意が必要
遺品整理を進めるにあたり、相続人全員の同意が原則必要です。例えば、長男が勝手に実家の遺品を処分してしまった場合、他の相続人から「勝手に財産を処分した」として争いになるケースがあります。特に価値があると考えられる物(不動産、預貯金通帳、貴金属、美術品など)は、処分や売却の前に必ず遺産分割協議を行い、誰がどの財産を相続するかを明確にしておく必要があります。
また、遺言書が存在する場合には、まず遺言書の有無と内容を確認することが優先されます。公正証書遺言であればそのまま有効ですが、自筆証書遺言が見つかった場合には、家庭裁判所での「検認」という手続きが必要です。これを経ないまま遺品を処分してしまうと、後に相続手続きが無効になる可能性もあります。
相続人が注意すべき基本的なルール
相続人として遺品整理を行う際に最低限知っておくべき法的ルールは以下の通りです。
- 勝手に処分しないこと
相続財産は、相続人全員の共有状態にあるため、誰か一人が単独で処分することはできません。 - 遺言書の確認を最優先にすること
遺言があれば、その内容が相続手続きの基本となります。見つかった場合は必ず正規の手続きを踏む必要があります。 - 財産だけでなく負債も相続されることを認識すること
故人に借金や未払いの債務がある場合、それも相続対象になります。財産と負債を精査したうえで「相続放棄」や「限定承認」を検討することも重要です。 - 価値のある遺品は査定を受けること
貴金属や美術品などは、思っていた以上に高い価値がある場合もあります。専門業者に査定を依頼し、適正な価値を把握した上で遺産分割協議を行うことが望まれます。
このように、遺品整理は「片付け」ではなく「相続の一部」であるという意識を持つことが大切です。感情的な判断で処分を急ぐのではなく、法的なルールを踏まえたうえで相続人全員が納得できる形で進めることが、後のトラブル回避につながります。
遺品整理業者に関わる法規制

遺品整理は、単に「片付け業務」と考えられがちですが、実際には売却・買取・廃棄といった行為を伴うため、複数の法律の規制を受けます。ここでは特に重要な古物営業法と廃棄物処理法を中心に、業者が注意すべき法規制を整理します。
古物営業法と遺品の売却・買取
遺品の中には、骨董品、ブランド品、貴金属、時計など、売却可能な価値ある品が含まれることがあります。これらは法律上「古物」として扱われるため、業者が買取や販売を行う場合には、古物商許可(公安委員会の許可)が必須です。
- 古物商許可が必要なケース
- 遺族から委託を受けて品物を販売する場合
- 遺族から買取(自己買取)したうえで転売する場合
- 違法となるケース
古物商許可を持たずに買取や販売を行った場合、古物営業法違反となり、営業停止や罰則の対象になります。
依頼者にとっても「適法な業者に依頼しているか」を確認することが、トラブルを防ぐ第一歩です。
廃棄物処理法と不用品処分
遺品整理では、売却できないものや遺族が引取りを拒否した品も数多く出ます。これらは法律上、家庭系一般廃棄物に該当します。
- 無許可で運搬すると違法
遺品整理業者が、家庭から出た廃棄物を無許可で収集・運搬すると、廃棄物処理法違反となります。違反した場合、5年以下の懲役または1,000万円以下の罰金(またはその併科)という重い罰則が科される可能性があります。 - よくある誤解と違法事例
- 「遺品整理事業から出るのだから産業廃棄物だ」と誤解して運搬 → 誤り。家庭から出た廃棄物はあくまで家庭系一般廃棄物。
- 「一括で買い取ったから全部“有価物”として運べる」と説明 → 誤り。値がつくもの以外は、その場で廃棄物と区別しなければならず、一括運搬は違法。
このため、業者が廃棄物を扱うには、市区町村からの一般廃棄物収集運搬業の許可を受けている必要があります。
自己買取品の処分と事業系廃棄物の扱い
業者が自己買取を行い、転売した結果売れ残った品や不要になった物は、業者の所有物となるため、事業系一般廃棄物として扱われます。
- 事業系一般廃棄物のルール
事業者は、自ら適正に処理する義務があります(廃棄物処理法3条1項)。多くの自治体では中小事業者のために有料で収集・処理を行っていますが、手数料が発生するのが一般的です。 - 産業廃棄物が含まれる場合
もし処分対象に廃家電、建材、化学製品など産業廃棄物に該当するものがあれば、さらに厳格な処理義務が課せられます。委託処分する場合も、最終処分まで適正に行われているかを確認する「マニフェスト(管理票)」の交付・管理などが必要です。
- 売却・買取 → 古物営業法の規制(古物商許可が必要)
- 不用品処分 → 廃棄物処理法の規制(一般廃棄物収集運搬業許可が必要)
- 自己買取残品の処分 → 事業系一般廃棄物・産業廃棄物として厳格処理
という複数の法規制を順守しなければなりません。依頼者側も「許可の有無」を確認することで、違法処理やトラブルを未然に防ぐことができます。
実態と法律の乖離
許可業者の不足と需要とのミスマッチ
高齢化や単身世帯の増加により、遺品整理のニーズは急速に拡大しています。しかし、その一方で一般廃棄物収集運搬の許可を持つ業者は限られているのが現実です。自治体が新規許可を出し渋るケースも多く、「必要なのに許可業者が足りない」というミスマッチが生じています。結果として、依頼者は「すぐに対応してくれる業者」を探す中で、許可を持たない業者に依頼してしまうことも少なくありません。
違法・グレーな方法が横行している現状
こうした背景から、実務では法律と実態の乖離が顕著になっています。
- 「事業から出た廃棄物だから産業廃棄物」と誤解し、無許可で運搬する事例
- 「一括買取したから全部有価物」と説明し、値がつかない品まで無許可で搬出する手法
- 許可を持たない業者が「回収代行」と称して不用品を運び出すケース
いずれも法律上は違法であり、罰則の対象となり得ますが、需要に供給が追いつかないため、こうしたグレーゾーンが放置されているのが現状です。
改善に向けた取り組みの例
この「実態と法律の乖離」を埋めるために、いくつかの自治体では改善策が模索されています。
- 条件付き許可制度
遺品整理に限定して一般廃棄物の収集運搬を認める「条件付き許可」を与える自治体があります。例えば福岡県の一部自治体では、遺品整理業者が一定の基準を満たすことで限定的に許可を取得できる仕組みを導入しています。 - 自治体による委託方式
廃棄物処理法上の規定を活用し、自治体が遺品整理業者に正式に委託する方法もあります。これにより、遺品整理に伴う廃棄物処理を適法に行える道が開かれます。 - 業界団体や資格制度の整備
遺品整理士認定協会など民間資格制度が広まり、業者の法令遵守やサービス品質向上に向けた取り組みも進んでいます。依頼者が「資格や許可を確認して業者を選ぶ」流れを広めることも、健全化の一助となります。
このように、遺品整理の現場では「法律上のルール」と「実際のニーズ」の間に大きなギャップが存在しています。今後は、自治体の柔軟な制度設計や業界全体の自主的な取り組みを通じて、適法かつ安心できる遺品整理の仕組みづくりが求められています。
相続や不動産が関わる場合の注意点

遺産分割協議前に処分すると相続トラブルに発展
遺品整理では、家具や日用品といった生活用品だけでなく、貴金属や骨董品、不動産といった価値のある財産が含まれることがあります。これらはすべて相続財産にあたるため、相続人全員の合意(遺産分割協議)が整う前に勝手に売却や処分を行うと、後のトラブルにつながります。
たとえば、長男が独断で骨董品を売却した場合、他の相続人から「財産を横取りした」と主張され、法的な争いに発展するケースもあります。遺品整理を進める際は、「感情的に処分を急がない」ことが何より重要です。
不動産の相続登記の義務化(2024年4月以降)
遺品の中でも特に注意すべきが不動産です。2024年4月から、不動産を相続した場合は相続登記が義務化されました。これにより、相続開始を知った日から3年以内に登記を行わなければなりません。怠った場合には過料(罰金)が科される可能性があります。
登記をしないまま放置すると、不動産の名義が「故人のまま」になり、売却や賃貸に出すことができなくなります。また、将来的に相続人が増えると、権利関係が複雑化し、協議自体が進まなくなるリスクも高まります。
空き家対策特別措置法によるリスク
相続した不動産が空き家になった場合、空家等対策特別措置法の対象となることがあります。管理が不十分で倒壊の危険や衛生問題を引き起こすと、自治体から「特定空き家」に指定される可能性があります。
「特定空き家」に指定されると、固定資産税の優遇措置が外れ、税負担が一気に増加します。さらに、改善命令に従わない場合には、行政代執行による取り壊しや、その費用請求を受けるリスクもあります。
したがって、相続した不動産は「使う」「貸す」「売る」「適切に管理する」のいずれかの方針を早めに決めておく必要があります。
このように、遺品整理には相続人同士の合意形成に加えて、不動産登記や空き家管理といった法的な義務が密接に関わっています。特に不動産は、放置すると税金や行政対応のリスクが高まるため、早めに専門家へ相談し、適切な手続きを進めることが安心につながります。
トラブルを防ぐためのポイント
業者選び(許可・資格・口コミの確認)
遺品整理は生活に密着したサービスである一方、法規制を正しく理解していない業者も少なくありません。業者を選ぶ際には以下の点を必ず確認しましょう。
- 古物商許可を持っているか(買取を行う場合に必須)
- 一般廃棄物収集運搬業許可を持っているか(不用品を運搬・処分する場合に必須)
- 遺品整理士などの資格を持つスタッフが在籍しているか
- 口コミや評判を確認し、法外な請求や不適切な処分の事例がないかを調べる
許可や資格をきちんと公開している業者を選ぶことで、違法行為や後のトラブルを防ぎやすくなります。
契約内容の明確化(費用・追加料金の有無)
トラブルで多いのが「見積もりと請求額が大きく違った」というケースです。契約の際は以下を確認してください。
- 基本料金に含まれる作業内容(仕分け・運搬・清掃など)
- 追加料金が発生する条件(大型家具、家電リサイクル品、特殊清掃など)
- 見積書・契約書の記載内容が明確かどうか
「口約束」ではなく、必ず書面で契約することが安心につながります。
相続人同士の合意形成の重要性
遺品は相続財産であるため、相続人全員の同意なしに処分するとトラブルの原因になります。処分や売却を行う前に、遺産分割協議や遺言書の確認を行い、合意形成をしてから業者に依頼するのが基本です。
弁護士・専門家に相談するタイミング
- 相続人同士で意見がまとまらない
- 遺言書の内容に不明点がある
- 不動産や高価な財産が含まれている
- 遺品整理に伴い借金や負債の確認が必要
こうした場合は、弁護士や司法書士などの専門家に早めに相談することをおすすめします。事後対応よりも、事前の相談のほうがトラブルを防ぐ効果は高く、結果的に時間や費用の節約につながります。
まとめ
遺品整理は、単なる片付け作業ではなく、法律に則って行わなければならない重要な手続きです。
- 買取や売却には 古物営業法
- 不用品の処分には 廃棄物処理法
- 相続手続きには 相続法(民法)
と、複数の法律が関係します。
遺品整理自体は違法ではありませんが、無許可の業者に依頼したり、相続人の合意を得ずに処分したりすると、違法行為やトラブルにつながる恐れがあります。
依頼者にとっても業者にとっても、正しい知識と準備が安心の遺品整理を実現する鍵です。業者選び・契約確認・相続人間の話し合いを徹底し、必要に応じて専門家に相談することで、大切な遺品を適法かつ丁寧に整理していきましょう。